科学技術情報流通技術基準
学術論文の執筆と構成 解説

1.はじめに
学術論文は,学術研究の成果を発表及び記録・保存するために執筆され,学術雑誌やその他の学術出版物に掲載されて発行されている。学術情報流通の観点から,学術論文を確実に引用,検索,識別できるようにするために,学術論文には一定の構成や記載方法が求められる。国際標準であるISO規格によりこれらに関する標準化が進められてきた。また,我が国においても,ISO規格に対応する形で国内標準であるJIS規格の整備が部分的に進められてきた。しかし,我が国における学術論文発行に対応するためには,国際標準にできる限り準拠しつつ,言語や習慣などに由来する固有の条件を考慮した独自の基準が求められていた。このような声に応えるため,「学術論文の構成とその要素(SIST 08-1986)」がISO 215(Documentation‐Presentation of contributions to periodicals and other serials)等を参考に1986年3月に初めて制定され,その後改訂されることなく二十数年が経過した。
この間,電子出版の普及など技術的な変化はあったものの,学術雑誌の発行が冊子体を主体として行われている間は,学術論文の構成自体を見直す必要性が生じなかった。しかし,近年の電子ジャーナル出版の本格化により,学術論文を構成する新たな要素を標準化する必要性が生じてきた。また,従来のページ体裁とは異なる体裁の電子ジャーナルが定着してきたため,学術論文の要素の記載要領をも見直す必要性が生じてきた。さらには,研究倫理に関する関心の高まりに応じて,モノとしての学術論文の構成にとどまらず,行為としての執筆に関するガイドラインが必要となってきた。このような背景の下に基準の見直しを行い,基準名を「学術論文の執筆と構成」と改めるとともに,内容についてもやや踏み込んだ改訂を行うこととなった。
本基準は,主として学術論文を想定した記述となっているが,それ以外の学術的記事(総説・解説,技術報告・研究ノート等)に対しても共通に適用可能な項目を多く含んでおり,幅広い学術的記事の著者に指針を与えるとともに,論文執筆要領等を作成しようとする学術出版物の編集者及び出版者の参考となるものである。
本解説は以下,第2章で論文執筆とオンラインの電子雑誌(以下,電子ジャーナルと呼ぶ。)との関係を述べ,第3章で今回改訂した規定の主要な部分とその考え方を説明し,第4章では本基準に挙げた構成要素の様式例を示す。改訂内容を簡潔に把握したい読者は第3章から読み進められたい。
なお,本基準に深く関連する基準として「学術雑誌の発行と構成(SIST 07: 2010)」も併せて改訂を行った。本基準と相補的に利用するように策定されているので,併せて参照されたい。
2.論文執筆と電子ジャーナル
近年,電子ジャーナルが普及し,学術論文の流通に大きな変化をもたらしている。この間,基本的な論文の構成や記載方法はほとんど変化していないが,論文執筆と投稿後の編集・発行プロセスとの関わりは学術研究環境の変化とも相まって大きく変化してきた。本章ではこのような変化の中で論文執筆において注意すべき点を記す。
2.1 メタデータ
インターネットの利用が浸透したことで,現在主要な雑誌の多くが電子版である電子ジャーナルを有している。電子ジャーナルサービスを実現するためには掲載論文のメタデータ (目次や論文抄録ページに使用) が必要であり,その作成(電子ジャーナル用タグ付け)が重要な工程となる。編集者は文書の表現だけでなく文書論理構造にも注意を払い,各構成要素の適切なタグ付けと整形を行う必要性がある。例えば欧米における理工医学系の学術雑誌の出版では,XML等により論文本文を編集し,メタデータを自動生成することが標準となっている。
さらに,電子投稿査読システムが普及し,投稿段階で標題や著者等のその論文発行に必要な主な書誌情報をほとんど入手できるようになっている。すなわち,冊子体では学会の編集者の重要な責務であり,主に審査後に開始されてきた,論文の各種構成要素の情報の質のコントロールをより早い段階で行って,発行プロセスの効率化を図ることが可能になる。結果として著者が作成した原稿情報への依存が大きくなっており,原稿の品質が最終出版物の品質に与える影響が大きくなる方向となっている。このため,論文執筆にあたっては,その論文の中身に加えて,構成要素と電子ジャーナル用タグに対応する見出し等の表現に注意を払う必要が高まっている。
2.2 訂正・撤回と研究倫理
冊子体の雑誌においては,論文中に誤りが発見された場合は正誤表や訂正記事で訂正することが行われてきた。SIST 07では電子ジャーナルにおいても冊子体と同様に訂正記事で訂正するべきものと規定している。これは,直接,論文を差し替えてしまうと冊子体の論文と電子ジャーナルの論文の内容が異なってしまうだけでなく,研究の記録としての論文の信頼性が損なわれるためである。SIST 07ではまた,不法行為などによる論文の撤回においても,可能な限りオンライン論文の削除は行わず,撤回告知記事を掲載することを規定している。
しかし,冊子体に比べて電子ジャーナルの掲載論文は長期間にわたって多くの購読者の目に触れる機会が多く,例えば研究倫理上の問題を含んだ論文がひとたび発行されてしまうと,その影響は冊子体の場合に比べてはるかに深刻なものとなる。著者はこの点を十分に認識した上で論文の執筆を行うべきである。
2.3 オリジナリティと著作権
本基準にはオリジナリティの保証のために守るべき最小限の事項を規定している。近年特に研究倫理に関する意識が高まっており,故意か否かにかかわらず不正な論文投稿を行った研究者に対して厳しい措置が取られる傾向にある。例えば二重投稿については,共著者が異なる雑誌に別々に論文を投稿してしまったり,学位審査を控えた学生が査読結果を待ちきれずに別の雑誌に投稿してしまったりということが考えられるので十分な注意が必要である。
一方,著作権等については法令に従うべきものとして本基準の対象外としている。近年,著作権に関する意識は高まってきたが,必ずしも正確に理解されていない場合が多い。よく見受けられるものにオリジナリティと著作権の混同がある。学術論文ではオリジナリティは著者にあるが,著作権は学会や出版者に譲渡されていることも多い。そのため,例えばオリジナリティに関しては投稿規程や倫理規程に照らして全く問題がない場合でも,著作権については別途処理が必要になることがある。
論文の序論の部分などで、他人の論文中の文章をそのまま使う例がしばしば見受けられるが、これは盗用とみなされる恐れがある。また,論文中の図表は独立した著作物として著作権が及ぶと解釈されることが多い。引用に関する公正な慣行に沿っている場合は著作権の利用許諾が必要ないとされるが,実務的には許諾を得ることが行われている。主要な出版社はそのような許諾の手続きを公開している。なお,測定値等の図表中のデータそのものには著作権は及ばないので、出典を示して無許諾での引用・利用が可能である。
3.改訂概要
3.1 主な改訂内容
(a)旧基準の「3.学術論文の要件」の規定内容を見直し,本基準では「3.論文の執筆」として,内容を追加・再構成した。
(b)構成要素に,照会先情報,電子的補助資料を追加した。
(c)雑誌の記載事項と共通する構成要素については,当該基準であるSIST 07を参照して規定した。論文の内容に応じて決まる項目が論文の構成要素で,そこから機械的に決まる項目は雑誌の記載事項としてSIST 07で規定したためである。この仕分けにより,SIST 07/08で対象とする項目を整理し,互いに参照することとした。例えば,ページ・柱・採択日は,論文に記載され,論文毎に異なるが,雑誌の記載事項とした。
3.2 改訂項目についての補足
以下では本基準の該当する章・節・項の番号を見出しの後の括弧内に記載し,規定しなかったことも含めて解説する。
旧基準の規定全体を見直したので,基準本文の細かい変更は多数あるが,ここでは主な箇所についてのみ説明する。
3.2.1 研究・執筆倫理 (3章)
本基準では倫理基準としてはまとめていないが,科学者・技術者の倫理について世の中の関心も高まり,各学協会では研究・発表についての倫理について規定している。12学協会で構成された技術倫理協議会(http://www.jsce.or.jp/committee/rinri/grk/)では「研究と研究発表・投稿に関する倫理の第1歩」1) を2008年3月に発表している。
また、国際的な投稿規程での規定例としては,国際医学雑誌編集者委員会(International Committee of Medical Journal Editors)による統一規程“Uniform Requirements for Manuscripts Submitted to Biomedical Journals” 2) がある。
3.2.2 翻訳論文でのもとの論文の書誌の記載 (3.2節)
論文を翻訳して発表する場合,もとの論文の掲載情報の記載位置は論文第1ページの脚注が望ましい。脚注が困難な電子版の場合は,本文の開始前の標題・著者名エリアの近辺に記載することが望ましい。また,翻訳者を記載することが望ましい。
なお,翻訳出版にあたっては,当然のことながらもとの論文の著作権の利用許諾がなされていなければならない。
3.2.3 和文と欧文の記載方法 (5.1〜5.4節)
日本語論文には日本語の抄録を記載するとともに,国際的流通の補助とするために,これまでと同じく,同所に欧文の標題・著者名・所属機関名・抄録を記載することを規定している。
一方,研究の多くが公的支援を受けて行われており,国民への説明責任を果たすことが必要であるとともに,学術研究への国民の関心に応え,また学生に対して学術論文へのアクセスを容易にするために,日本語以外の論文(欧文論文)では,可能な限り日本語の標題・著者名・所属機関名・抄録を記載することを規定している。ただし,学術雑誌の国際化の支障とならないように,日本語の記載事項の掲載位置は,同一論文中に限定しないこととし,例えば各号末や並行して発行される和文誌にまとめて掲載してもよいこととした。
3.2.4 標題・著者名・抄録の多言語表記の動向 (5.1〜5.4節)
著者の同定あるいは研究成果の潜在利用者(一般市民)への普及という観点から,国際的には母国語あるいは多言語による表記を加える以下の動きがある。本基準はこれらの記載事項の掲載を何ら妨げるものではない。
(a)アメリカ物理学会(APS) では,同学会が発行する雑誌について,2008年から中国人・日本人・韓国人の著者名の自国語表記の追加ができるようになった3)
(b)米国のPublic Library of Science (PLoS) が発行する生物・医学系オンラインジャーナルではそのオープンアクセス運動とともに研究成果の潜在利用者(一般市民)への普及のために多言語抄録を2006年から掲載している4)
3.2.5 著者名のローマ字書き (5.2節)
本基準では姓と名が区別できるように記載すると規定しているが,具体的には姓の文字のすべてと名の頭文字を大文字とする方法が望ましい。
なお,日本人の姓名のローマ字表記に関しては,「姓−名」の順とすることが望ましいとする国語審議会答申「国際社会に対応する日本語の在り方」5)(平成12年12月8日)がある。この答申では記載例として3例(Yamada Haruo/YAMADA Haruo/Yamada,Haruo)を提示している。この答申の趣旨を理解し,それに沿って対応するよう配慮することを求める文化庁次長による依頼文書6) が平成12年12月26日付けで発行されている。
3.2.6 キーワード,分類 (5.5節)
キーワードが記載されている論文は増えているが,キーワードは情報検索システムでも活用され,当該論文の利用の向上に役立つので,是非付与すべきである。また,投稿規程では付与する具体的なキーワードについて規定されていることが望ましい。
分類については規定していない雑誌が多いが,号の編集,総索引,情報検索システムで活用され,当該論文の利用の向上に役立つので,規定することが望ましい。
3.2.7 見出しの番号付けの例 (5.6.3項)
ポイントシステムによる章・節・項の展開を以下の例で示す。
例:第1章・・・・・・・・・・・・・・・・・・→ 1.
 第1章 第2節・・・・・・・・・・・・→ 1.2
 第1章 第2節 第3項・・・・・・・・→ 1.2.3
箇条書きでは,丸数字等の機種依存文字の利用は避け,以下の例のようにアルファベット等を用いる。
例:a: ○○○○
 (a) ○○○○
本文中で引用する場合は,「既に1.2節で述べたように,・・・・」のように章・節・項の番号であることを明示する。
3.2.8 電子的補助資料の投稿上の留意点 (5.11節)
実験データや画像,動画,ソフトウェア等を電子的補助資料として投稿する場合,著者はそれらが読者にとって有用なものとなるように留意することが必要である。
一般にデータには著作権は及ばないため,他の研究者がそれを検証・解析したり,他のデータと組み合わせたりすることによって,さらなる研究の発展につながる可能性がある。従って,著者は,データの正確性を期すとともに,そのデータの出典や責任表示,及びそのデータを取得した条件等を明示することが求められる。
一方,画像や動画,ソフトウェア等の著作物には著作権が及ぶため,他の研究者がこれを利用する場合は,著作権法で認められた場合を除き,著作権者の許諾が必要である。しかし,知的創造を促進する観点から,出典を示して利用することについては積極的に認めるべきであるという考え方も広まってきている。Creative Commons や GNU などの自由利用を促進する枠組みも普及しつつあり,一部の雑誌ではこれらを採用している。従って,著者は,自らが著作権を有する著作物については,上記のような点を考慮してその利用条件等を決定し,明示することが望まれる。また,Creative Commons や GNU などの枠組みや個別の許諾に基づき,他者の著作物を電子的補助資料に含める場合は,それらの規程に沿って利用条件等の表示を行うことが求められる。
4.様式例
架空の学術雑誌掲載論文の冊子体及び電子雑誌の例を付図1〜付図3に示す。図中でグレーで表示された項目は任意要素であり,記載されないことも多い。これらの例は様式の一例として作成したものであり,例えばウェブページのロゴ(ここではDigital Library)のような本基準の規定外の内容も含まれている。
付図1のレイアウト例では日本語のエリアと欧文のエリアを分けたが,標題・著者名等を日本語と欧文でそれぞれ対応させて記載する場合もある。
5.参照文献
1) 技術倫理協議会.研究と研究発表・投稿に関する倫理の第1歩.2008-03. http://www.jsce.or.jp/committee/rinri/grk/01.html,(参照2009-07-15).
2) International Committee of Medical Journal Editors. Uniform Requirements for Manuscripts Submitted to Biomedical Journals: Writing and Editing for Biomedical Publication. 2008-10. http://www.icmje.org/urm_main.html, (accessed 2009-07-15). (2007年10月版の翻訳が「投稿規定ネット」(http://www.toukoukitei.net/)に掲載されている。)
3) American Physical Society. “Information about Author Names”. Information for Authors. 2008-11-11. http://authors.aps.org/names.html, (accessed 2009-07-15)
4) The PLoS Medicine Editors (2006). Ich Weiss Nicht Was Soll Es Bedeuten: Language Matters in Medicine. PLoS Medicine. 2006, vol. 3, no. 2, e122, doi:10.1371/journal.pmed.0030122. http://www.plosmedicine.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pmed.0030122#s2, (accessed 2009-07-15).
5) 第22期国語審議会.“国際社会に対応する日本語の在り方”.文化庁ホームページ.2000-12-08.http://www.bunka.go.jp/kokugo/frame.asp?tm=20100308134633,(参照2009-07-15).
6) 文化庁次長.“外来語・外国語の取扱い及び姓名のローマ字表記について(依頼)”.文化庁ホームページ.2000-12-26.http://www.bunka.go.jp/kokugo/frame.asp?tm=20090715145859,(参照2009-07-15).

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